堀調教師が厩舎コメントを出していること

  • 2020.06.04 Thursday
  • 18:47

こんばんは。

 

ちょっと前から気づいてたけどなんとなくそのままでここまで来た話。

堀調教師ってコメントを出さない印象はあったと思います。クラブ向けとかそっち方面はあるんでしょうけど専門誌とかそっちのほうではあまりみませんでした。それが細かくはチェックしてませんが3月28日から厩舎コメントを堀調教師が出すようになってます。

心境の変化なのか昨今のコロナの流れで厩舎取材が制限されて、コメントは接触なく厩舎から各専門誌に発信にしてその名前が堀調教師になってるとか事情はわかりませんが、とにかくこのタイミングから調教師が厩舎コメントを出すようになってます。

 

そのコメントも結構長文でしっかりしたコメントがでています。転載するのはダメなような気がしますのでしませんが、結構各馬

、前走の敗因からその理由から今回に向けて何したとか丁寧なコメントがでています。

 

今週から新馬戦。注目馬も出走させてます。興味のある人はそういうところもちょっと注意してみてみてください。

 

 

 

ダービーの順番(2020年版)

  • 2020.05.24 Sunday
  • 17:46

2018年に書いた記事のコピペです。

ここ10年程ですがこの人ダービーとらなきゃなーって人に順番にダービーが回っている印象は受けてます。実際どうなんだっていう話で2018年に書いたんですがその年に福永騎手が制覇。ということで気持ち改訂版で書き残しておきます。

 

2019年 ロジャーバローズ (浜中騎手、猪熊オーナー)

2018年 ワグネリアン 福永騎手

2017年 レイデオロ 藤沢和調教師

2016年 マカヒキ (川田騎手、友道調教師)

2015年 ドゥラメンテ(ダイナカール血脈、堀調教師)

2014年 ワンアンドオンリー 橋口調教師

2013年 キズナ 馬主ノースヒルズ、佐々木調教師

2012年 ディープブリランテ(岩田騎手、矢作調教師)

2011年 オルフェーヴル(池江泰調教師、池添騎手)

2010年 エイシンフラッシュ 馬主エイシンさん、藤原英調教師

2009年 ロジユニヴァース 横山典騎手

2008年 ディープスカイ (昆調教師)

2007年 ウオッカ (牝馬、角居調教師)

2006年 メイショウサムソン 馬主メイショウさん

 

みたいな感じ。()にしてるところは悲願というにはキャリアがこの後もまだ長く悲願というにはあまりそうでもないかなという人(私の独断です。)。実際はそこまででもないですがここ12年程で関西の主要な馬主さん3者のダービーがいきわたったこと。そして橋口、藤沢和の東西大御所にもいきわたったこと、そして騎手もリーディング経験者の福永騎手、浜中騎手にいきわたりだしたということを触れておきます。

 

今年は誰が悲願をかなえるのか。馬主さんか調教師かはたまたあの騎手なのか。意外なところで血統か。そういう目線でダービーをみるのもおもしろいかもしれません。頑張ってる誰かの悲願になればいいですね。

お知らせ

  • 2019.12.05 Thursday
  • 20:21

こんばんは。

 

今週も先週に引き続き私用のため予想はお休みさせていただきます。

勝負服に見る騎手の現状評価(武豊騎手とメイショウより)

  • 2019.12.01 Sunday
  • 20:28

続いて簡単に記事。まず最初に書いておかなければいけないのは武豊騎手とメイショウのコンビ最高!って記事じゃないです。どっちかといえば逆です。そういうのをみたいかたはみないで他のホームページへそっと言っていただくほうがいいと思います。

 

園田の交流重賞でテイエムの馬でデムーロ騎手が勝ちました。某所でも言われてましたが、騎手も主流から外されてくると見慣れない勝負服をきるようになってこれまで来ていた勝負服を着なくなります。そういう話をわかりやすくしてるのがメイショウさんと武豊騎手の関係です。ということで過去の武豊騎手の成績とメイショウ(松本好雄オーナー関連)さんの騎乗数を比較したデータをだします。どん。

 

年・年月 武豊騎手年間成績 メイショウ馬での成績
2019年 101- 74- 59-352/586 7- 1- 3-19/30
2018年 76- 65- 75-338/554 7-10- 9-25/51
2017年 82- 86- 63-374/605 4- 3- 2-24/33
2016年 74- 89- 77-427/667 4- 7- 6-38/55
2015年 106- 89- 65-503/763 7- 6- 4-36/53
2014年 86- 87- 64-435/672 9-10-12-47/78
2013年 97- 62- 58-432/649 13- 9- 8-55/85
2012年 56- 61- 44-430/591 6- 6-10-53/75
2011年 64- 70- 66-435/635 11- 9-13-54/87
2010年 69- 47- 39-258/413 2- 3- 4-15/24
2009年 140-106- 91-431/768 10- 3- 6-27/46
2008年 143- 89- 65-356/653 12- 7- 6-24/49
2007年 156-109- 78-370/713 3- 3- 1-17/24
2006年 178-118-111-383/790 3- 1- 1- 4/ 9
2005年 212-128-112-403/855 8- 1- 1- 6/16
2004年 211-128-101-472/912 7- 3- 0-10/20
2003年 204-128- 90-444/866 4- 5- 1- 4/14
2002年 133- 66- 57-201/457 0- 4- 3- 3/10
2001年 65- 47- 54-189/355 1- 0- 1- 2/ 4
2000年 130- 70- 76-276/552 1- 1- 0- 3/ 5
1999年 178-142- 96-393/809 2- 0- 0- 9/11
1998年 169-105- 83-392/749 4- 1- 2- 3/10
1997年 168-100- 88-366/722 3- 0- 2- 3/ 8
1996年 159- 98- 94-404/755 5- 4- 3-14/26
1995年 134-104- 75-380/693 3- 4- 1-18/26
1994年 134- 92- 74-282/582 4- 7- 3-14/28
1993年 137-137- 84-341/699 7- 0- 2-19/28
1992年 130- 79- 55-342/606 8- 7- 3-14/32
1991年 96- 91- 94-361/642 0- 0- 3-11/14
1990年 116-118- 75-414/723 1- 2- 3- 8/14
1989年 133-114- 80-399/726 0- 0- 0- 1/ 1
1988年 113- 92- 68-396/669 0- 0- 0- 3/ 3
1987年 69- 63- 57-365/554 2- 0- 1- 7/10

 

という感じですね。いくつか拾っていきましょう。武豊×メイショウと時々いわれますが、正直そんなに昔からかなりの数乗ってるわけではありません。

ただデビューから数年たったころからはそこそこ騎乗馬は増えていってます。それが増減しだすタイミングはいくつかあります。

 

・1996年〜1997年

ここでがくっと落ちてると思います。130勝くらいで推移してた勝ち星がさらに伸びて160〜170勝と伸びた時期です。

この2年で何があったかというと簡単で父親武邦彦厩舎の馬への騎乗が激減しています(1996年60鞍→1997年12鞍)。前後も似たような推移の数字なので父親厩舎の騎乗を減らしたのがその厩舎によく預けていたメイショウさんとの縁も減った理由だと思われます。おそらくトップをとるためにいろんな意味で切り替えた時期なのかなと感じます。

そしてもう一つ。1995年にサンデーサイレンスが2世代でリーディングサイアーを獲得。完全にサンデーサイレンス時代になっていく中、エアグルーヴやダンスインザダーク、マーベラスサンデーの主戦を務めていたタイミングがこの時期になります。

そして武豊騎手は成績を伸ばしていって

 

1997年以降

しばらくは騎乗数も一桁になってたまに20とかが出てくる感じ。この2004年の20の時はメイショウカイドウの時で増えてるときにはそれなりの主戦馬がいるときのようです。

 

2007年〜2009年

ここで騎乗馬が増えています。まず2007年にアドマイヤオーラ関連で近藤オーナーと絶縁状態になる。そしてこのころから安藤騎手に続き、岩田騎手そして関東では内田騎手も地方からやってきてこれまでの独占状態ではなくなり、2009年には内田騎手から全国リーディングを奪われることになります。海外にいっていて騎乗馬が少ないころから数えると17年ぶりの出来事です。

こうして下り坂の兆候のときにメイショウさんがあらわれて勝ち星の面でも二けたの数を貢献して支えていくわけです。

 

2010年〜2014年

2010年落馬での大けががここでありますね。この翌年2011年から全体の騎乗数も激減、勝ち星も半減するわけですが、メイショウさんとの騎乗馬は激増。勝ち星も絶好調時と変わらないような数を貢献していることになります。

 

2015年〜

久しぶりに100勝をクリアしたこの年を境に騎乗数は少し減っていきます。メイショウさんとしては復調を支えてきましたが復調したので、私の馬に乗らなくても大丈夫でしょうというところでしょうか。

 

という感じできれい武豊騎手のバイオリズムとメイショウさんの騎乗依頼数が反比例していることになります。トップにいるときは引いてるけど苦しいときには下がっているときには支えるという関係。父親武邦彦さんから続く関係で結束が固いことは感じます。トップの人があまりみない勝負服で騎乗しているということではこのケースではないですが、今トップの馬主さんの馬に乗らずこういう老舗の個人馬主さんの馬に乗るようになるというのはある意味、リーディングや一番強い有力馬に乗る主流のラインから外れてきてるサインではあると思います。馬主さんの馬に乗らないと騎手はレースできないわけですから。なので本人の成績もですがこういう馬主さん毎の騎乗数とかが本人の現状を表していることもあると思います。デムーロ騎手も今の流れからはちょっと外れて厳しくなってるというのはあると思います。ただ拾う神もどこかにいるそれが今回の竹園オーナーの馬での重賞制覇だったような気はします。

 

最後に武豊騎手のメイショウ馬の騎乗数はまた今年、少し減ってるような気がします。もうひとつ二ついい出来事がまた武豊騎手にあるかもしれませんね。

 

というあたりで終了とします。

 

 

 

京都3勝クラス(準OP)ダートの異変

  • 2019.11.18 Monday
  • 22:43

すいません。久々に単発記事です。回顧かけボケといわれるかもしれませんがもうちょっとお待ちを

 

これ近い話をツイッターでみて、それに対して少しやり取りしたんですがそれに伴う話。
何がいいたいかというと「京都ダート」といえばいったいったの前残りだと思いますが、この3勝クラスでは異変が起きているという話。秋の3勝クラス、ダート戦は6鞍その成績を出していきます

 

 

 

 

 

簡単に言えば、後方からの差しが頭まで届く。勝ち馬の通過順が5番手より前が1鞍しかない。2コーナーで真ん中よりも後ろの馬、二けた通過順の馬が頭まで突き抜ける。これはダート、特に京都ダートということを考えると極端すぎる。特にダート1200m、1400mでその傾向は顕著だと思います。

 

理由は・・・なんでしょうね。一つ思うのは降級がなくなってもまれず勢いとスピードで駆け上がった馬がここでずらっとそろって壁に当たる。自分の競馬で運べない馬がばたっとみんなで討ち死にになって止まったところにささるということもあるのでしょうか。

 

とにかく理由はわかりませんがそういう事が起きているという話。次は年明けの開催になりますが、忘れないように書いておきます。

 

 

 

 

 

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM